第三話 部活動に入ろう

「ね、啓ちゃん。部活はどうするの?」
 登校中、美里に訊かれた。
 仏が丘高校の生徒は、部活への所属が義務付けられている。元々俺は、部活に入る気はなかったのだが、そうもいかないらしい。
「ん〜、どうすっかな……美里は?」
「バスケ部って言わなかった?」
 そう言えば、入学式の日に、言っていた気がする。
「陽一は決まったか?」
 一緒に歩く陽一に訊いてみると、
「おう。柔道部だ」
「柔道……」
 そう言えば、中学の体育の授業でやった柔道の授業を、陽一は楽しんでいた。
 前にも言った通り、この二人は運動神経が抜群にいい。二人とも今は初心者だが、異常なほどに伸びるのは目に見えている。
 入学して一週間経つが、俺はまだ何部に入るかを決めていない。五月までに部活に入らなければいけないのだ。
「どうするかな、俺……」
「野球でもやりゃぁいいんじゃねぇ?」
 と、陽一。小学校では、四年生から野球部に入り、六年生ではレギュラーでピッチャーだった。三つ子の魂百まで、という諺通り、小さい頃に覚えたことはそうそう忘れるものではないので、野球部ならばそれなりにできるとは思う。しかし、
「んー、悪くないけどよ。何か……ホレ、俺バンド始めただろう?あれから、野球やるならバンドって感じでな。ん、悪くないけど、今一なんだよな」
 バンドを始めた頃は、まさかここまでのめり込むとは思わなかった。
「バンド部、みたいなのがあればいいんだけどな」
「ブッコーって、吹奏楽部とかってないんだっけ?」
 美里が訊く。
「ねぇんだよ。あったとしても、そういうオーケストラみたいなやつは、俺のジャンルじゃねぇからな。どっちかっつーと、俺は大人数より少人数で演奏したいな」
「それに、あれだろ啓祐。オーケストラとかだと、お前ベースだから、出番ないからな」
 陽一は言うが、
「いや、そんなことないぜ。使うところは使うんだよ、俺も最近知ったんだけど」
 ポール・モーリアという、オーケストラのリーダーがいるが、彼の引退コンサートを見たら、エレキギターやエレキベースもいた。
「じゃぁ啓ちゃん、合唱部は?合唱部はあったよね?」
「合唱部は既に問題外だよ。俺は、楽器を弾くことが前提なんだ、歌うだけってのは、ちょっとイヤだ。それに、さっきも言ったろ、大人数より少人数って」
 しかしよく考えてみれば、どこか適当な部に籍を置いて、幽霊部員になってしまうという方法もアリだと思う。
「あ、早紀ちゃんだ」
 美里が、いつものように登校中の早紀を見付ける。もう学校直前の場所だが、よくこの場所で早紀に会う。
「おっ早ー」
 そう言えば早紀は、何部に入るのだろうか?そう思うと、
「ね、早紀ちゃんは部活決まった?」
 先に美里に訊かれていた。
「決まってないのよねー。吹奏楽部とかあったら、そっちに入るんだけどね。新しい楽器を覚えてもいいかも知れないし」
 言って、俺に振り向き、
「啓祐、あんたは?」
「俺もまーだだ。クソッ、『バンド部』くらい用意しとけよな、気が利かねぇな」
「何が、気が利かねンだ?」
 突然後ろから声をかけられ、振り返ると、そこにはランがいた。
「いや、部活の話だけど……オイ、そりゃ何だ?」
 と、ランの口を指差した。
「ん、知らねーのか?禁煙パイポってやつだ」
 と、加えているパイポを上下に振った。
「阿呆かお前は。ンなもん、加えて登校すんな」
「いいんだよ、バレなきゃ。んで、部活がどうしたって?」
 ランに注意しても、無駄だったようだ。
「……バンド部がないって話。ランは部活は?」
「異種格闘技部とか、ストリートファイト部とかあればよかったけどよ。ねぇんだ」
「当たり前だ」
「空手部とかボクシング部もねぇから、とりあえず柔道部の予定だ」
 どうしても格闘系の部活に入りたいらしい。
「おっ、柔道部?俺と一緒だ」
 嬉しそうに陽一が言う。
「おっ、いいね。っとっと……」
 ランがパイポをポケットにしまった。もう校門のところまで歩いていたのだ。校門には先生がいるのだ。しかし、その先生はランに殴られた、バーコード禿の先生である。確か名前が小菅という生徒指導部の先生だとか。
 その小菅先生は、俺たちに気付くと顔を引きつらせた。当然と言えば当然の反応である。
「お早うございます」
 俺たちはシレッとして挨拶をした。あの出来事は、あそこにいなかった美里と早紀も既に知っている。対して小菅先生は、
「……お早う」
 と、タンスの角に足の小指をぶつけたのを我慢しているような表情で静かにそう言うだけだった。それを見たランは、
「いやー、今日も相変わらず見事な禿っぷりで。いつ見ても気持ちいいですね」
 涼しい声で、自分より背の低い小菅先生の頭をピタピタと叩いた。小菅先生の顔が赤く染まり、腕はプルプル震えている。しかし、何も言わない。いや、言えない。
 俺たちは吹き出しそうなのを我慢しながら、昇降口へ向かった。
「あはっ、ランちゃんおっかしぃ、あははは!」
 昇降口で真っ先に笑ったのは美里だった。それをきっかけに、俺、陽一、早紀も笑い出してしまった。
「へへへっ、あの先公なら、多少のことなら何も言われねぇな、きっと。パイポ加えてたら、どんな反応だったかな」
 あの日の事件は、公にはされなかった。顔に殴られた跡を残した小菅先生が、校長や他の先生にどう言い訳したのかは知らないが、噂ではオーソドックスに転んだと言ったらしい。転んで出来るような跡ではなかったが。一方で、あの野沢というジョニーに絡んだ先輩が、同時期にボロボロになっていたので、この二人が闘りあったとか、そういう噂もある。
 真実を知る者は、少ない。万が一、このランが殴ったと言ったところで、信用されないだろう。見た目、プロボクサーにでも殴られたような腫れ方だったのだ。女の子が殴って出来るものではない……と、思うだろう。真実は、女の子が殴っていたのだが。
「何を騒いでいる」
 俺たちの笑い声を聞きつけて、昇降口に若い男の先生がやってきた。
「おっす、龍ちゃん」
「うっす、龍チン」
「お早う、龍ちゃん」
 俺と陽一と美里が次々に挨拶をした。
「おはようございます!」
 学校では敬語を使えという命令を無視ぶっちぎりの俺たちに、龍ちゃんが荒々しく言った。
「おいおい、んな『おはようございます』だなんて、堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ、俺たちの仲だ」
 と、龍ちゃんとあまり身長の違わない陽一が、龍ちゃんの肩を叩きながら言った。
「馬鹿垂れ、誰がお前らにそんな挨拶をしてるか!『おはようございます』と言えと言ってるんだ」
 と、龍ちゃんが軽く陽一の頭を叩くと、陽一は、
「おお、暴力教師だ」
「フン、大体の先生はもう知ってるよ、俺とお前たちのことは。そんなことを言ったところで何もないさ」
「だったら、別に龍ちゃんに敬語なんて使う必要ないじゃん?」
 今度は俺が龍ちゃんの肩を叩いた。
「あのな、他の生徒に示しがつかん」
 今度は俺が叩かれた。
「……と、言うわけだ。美里、こいつらによく言っておけ」
 とりわけ龍ちゃんの言うことを聞く美里がそう言われたが、
「えー?龍ちゃんが言って聞かないなら、美里が言っても聞かないよ」
 と、美里自身もタメ口だ。
「んじゃ、お前ら三人の成績を下げる」
 言うことを聞かない俺たちに、龍ちゃんはついに強行手段にでた。
「ひっでぇ、職権乱用だ」
「龍ちゃんの馬鹿ー!」
「コン畜生!それでも人間か!」
「うるさいッ、とっとと教室に行ってしまえ!」
 俺たちは脱兎の如く逃げ出した。しかし、
「啓祐、お前は待て」
 と、裏首を捕まれた。
「何?」
「いや、今日水野先生出張でな、副担任の俺が今日は担任だ」
「んで?」
「ヨロシクな」
 そういう龍ちゃんの眼は怖い。
「へぇ、夜露死苦、龍先生」
 ただ一人残っていたランが、龍ちゃんに握手を求めるように手を出した。
「りゅ、龍先生……関口先生と言いなさい」
 言って、咳払いをしながら、差し出された手を握った。
「おい、龍ちゃん、顔が赤いぞ」
「黙れ」
 慌てて手を離した龍ちゃんに、ランは優しく微笑んだ。龍ちゃんは罰が悪いのをごまかすように、
「ホームルームが始まる、行くぞ」
 と俺をヘッドロックしながら歩き出した。
「離せよ、オイッ。セクハラ教師」
「誰がセクハラをしたか!」
 照れるのも無理もない。芸能界にいてもおかしくないような容姿をしたランの素性を知らないのだから。

「部活、どうするよ?」
 昼休み、教室でジョニーに訊かれた。今日の昼飯は購買部で買ったパンだ。
「どこでもいいんじゃねぇの?とりあえず、俺はテキトーなところに入って、幽霊部員キメるつもりだけど」
 今朝も部活について考えたが、俺は結局この意見に落ち着いた。
「む……それもアリか……。でもよ、どうせ入るんなら、面白そうなところがいいよなぁ」
「まぁな。でも、どれも俺好みじゃなーい」
 だからこそ、悩んでしまう。
「……そう言や、早紀は?」
「あいつもまだ決まってないって。今朝言ってたよ。何で?」
「ん、早紀も啓祐みたいに幽霊部員にしちまえば、放課後に、部活バックレてバンド出来ると思ってよ。最近、頓にスタジオに入りてぇんだ」
 俺も、そろそろスタジオに入りたいと思っていた。最後に入ったのが、三月の半ばで、二時間入っただけだった。そしてその前は、昨年十月上旬である。受験シーズンだったので、仕方がない。
「早紀じゃなくて、他のギタリストを捜すって手もあるけど……」
 ジョニーがその後に言いたいのは、すぐ分かった。
「ああ、早紀ほどのギタリストはそうそういないし、第一今まで早紀と一緒だったしな、今更他のギタリストって気もしない」
「だよな」
 早紀同等かそれ以上のギタリストがいないわけではない。ただ、バンドとしてのチームワークやグルーブは、今まで培ってきた中で出来るものだ。俺たちは、中学三年間……正確には二年半、同じメンバーだったので、メンバーチェンジとなると意外と深刻な問題である。
「あーぁ、バンド部でもありゃいいのに」
 俺が呟くと、突然ジョニーが、
「……そっか、その手があったか」
 と手を叩いた。
「あ?」
「作ろうぜ、バンド部」
「作るって……どうやって?」
「知らねーけど、作れなくはないだろ。現に色々部活あるんだから」
 言われてみれば、今ある部活が、仏が丘高校創立からあるものとは思えない。ちなみに、この仏が丘高校は戦前からあるという。
「……龍ちゃんに訊いてこようか」
 俺は昼食の焼きそばパンの最後の一口を口に放り込んだ。
「ん、頼んだ」
「頼んだじゃねぇ、お前も来い」
 ジョニーも丁度弁当を食べ終わり、
「しゃぁねぇな、行くか」

「部活?」
「うん。作れない訳じゃないでしょ?」
 俺たちは早速職員室の龍ちゃんのところに来た。
「そういうことは俺が昼飯を喰ってから来いよ……待ってろ」
 龍ちゃんは昼食のラーメンをそのままに、立ち上がって職員室の奥の本棚へ行った。少し古いファイルを持った龍ちゃんは、少し量の減ったラーメンを見て俺を小突き、椅子に座り、
「えーと……だな。まず、最低五人集めなきゃ駄目だ。それで……活動場所をちゃんと探して……えーと、だ。生徒会で書類をもらって、必要事項をその書類に書き込んで、通ればいい、と。あー、後、顧問の先生も捜しておけ」
 パタン、とファイルを閉じた。
「ま、お前のことだ、バンドの部活だろう?」
「うん」
「今、ブームらしいしな。多分部になれば人は集まるだろうけど、最低五人は集めなきゃ、部にならないぞ」
 龍ちゃんがラーメンの汁を飲み干した。
「とりあえず、龍ちゃん」
「何だ?」
「顧問、お願い」
「言うだろうと思ったよ。ま、俺は今何の顧問でもないから、OKだ」
 龍ちゃんも、バンド経験者だ。実は、龍ちゃんの家は『ウクレレ』という名の喫茶店を営んでいて、同時に二部屋だけ、スタジオもある。そして、俺たちの練習場でもある。ウクレレの経営者は、龍ちゃんの親父さん。龍ちゃんの両親は、親父さんが家事をし、おふくろさんが会社に勤めているらしいが、約十年ほど前に、『主夫』だった龍ちゃんの親父さんは現在のウクレレを始めた。ちなみに、俺たちは龍ちゃんの親父さんを関口さん、と呼んでいる。
 関口さんは大人しい性格で、昔は更に無口だったという。その名残あって、関口さんの友達連中には『無口なムクちゃん』で通っている。開店当時は、『店番できても接客できず、電話の応対はまるで留守番電話』と有名だったとか。その時代を見てみたかった。
「じゃ、一通り決まったらまた来るよ」
「おう」
 俺とジョニーは職員室を出た。
「さて……まず人数が、最低あと三人か。ジョニー、早紀以外で心当たりは?」
「頭数揃えるくらいなら、余裕だ。そっちは俺が任されるぜ」
 ジョニーが親指を立てた。
「俺は?何もしなくてもいいのか?」
「啓祐は、部活出来る場所を探してくれ。俺も、人数が集まり次第手伝うしサ。んじゃ」
 ジョニーは行ってしまった。考えてみれば、ジョニーは俺に厄介な仕事を押しつけてくれた。バンドの活動場所なんて、学校内でそう簡単に見付かるものじゃない。
「……あの野郎」
 俺は職員室の前でジョニーの去った方向に一人呟き、逆を向いて歩き出した。
 活動場所の条件としては、防音出来る、ということ。バンドでの楽器の音量はかなり大きい。第三者にしてみれば、近所迷惑以外の何物でもない。
 とりあえず俺は、音楽室に行ってみた。
 音楽室は、特別教室棟の三階、一番西側にある。
「失礼します」
 音楽室に入ると、並んだ机とグランドピアノが無言で俺を迎えた。
 考えてみれば、今は昼休みだ。音楽担当の先生も、職員室にいるのではないだろうか?つまり、あのまま職員室にいればよかったのだ。
「ふぅ」
 無駄足だったと溜め息を吐き、音楽室を出ようとした。その時に、向こうの扉が開いているのに気が付いた。恐らく、音楽準備室だろう。顔を覗かせてみると、
「あら」
 若い女性がいた。ボブカットでスマートな、ピアノが似合いそうな女性だ。きっと音楽の教師だろう。
「あ、こんちは」
 俺が頭を下げると、その先生も頭を下げた。
「どうしたの?」
「あ、俺、一年の南啓祐っていうんだけど……」
「あら、貴方が噂の啓祐君?」
「へ?」
 何故か、この先生は既に俺のことを知っているようだった。しかも、噂の、とは一体どういうことだろう?高校では、まだ何もやらしていないつもりだが。
「関口先生の近所のコって、貴方でしょう?」
「うん」
「関口先生、ぼやいてたわよー、すンごく無礼な奴だって」
「龍ちゃんが融通利かないだけだよ」
 言うと、先生はコロコロと笑い出した。
「うふふ……『畠和子』よ」
「は?」
「私の名前。関口先生言ってたけど、啓祐君入学式寝てたんでしょ」
 龍ちゃんはそんなことまで言いふらしているらしい。
「それで、啓祐君は、今日どうしてここへ?」
「あ、そうだ」
 すっかり目的を忘れるところだった。
「あのさ、俺たち、今バンドの部活を作ろうと思ってて、部活出来る場所を探してるんだけど……という用件で」
「それで、音楽室はどうかって?」
「うん」
「音楽室はねー、もう合唱部が使ってるのよ。ごめんね」
 やはり想像通りの答えだった。
「じゃぁさ、他にないかな。バンド練習できそうなところ」
「うーん……バンドでしょ?そうすると……結構場所とるわよね」
 バンドだから、ドラムとアンプが置けて、更に人が三、四人動けるくらいは欲しいから、
「大体、六畳くらいは」
「そう……」
「え、何か心当たりある?」
「防音っていうことなら、あるけどね。二畳くらいしかないのよ、ピアノの個人レッスン室」
 二畳では狭すぎる。
「他には?」
「ないわね、残念だけど」
 頑張ってね、という畠先生の声を背に、俺は音楽室を出た。
 こうなったら、学校中を歩き、スタジオ代わりに使えそうなところを探すしかなさそうだ。音楽室が特別教室棟の三階の一番西だから、東へ順に歩くことにした。
 音楽室の隣は、さっきまで畠先生と話をしていた音楽準備室。
 次は、視聴覚室。中を覗いてみようとしたが、鍵がかかっていた。視聴覚室ならば、スタジオとして悪くはない。防音施設はあるだろうけど、問題はどれだけ防音できるかがネックだ。スタジオとしての防音が全くされないのなら、余りここを選びたくない。
 中が見られないのが残念だが、とりあえずここをキープして次へ進んだ。
 次は、社会科資料室。
「失礼します」
 一応そう断ってから扉を開けたが、中には誰もいない。しかし、机や本棚、段ボールなどの障害物が多いのでスタジオとしては不向き。俺は扉を閉めた。
 続いてパソコン室。ここも鍵がかかっていたが、恐らく中にはパソコンが沢山置かれていると思うので、却下。
 次の数学資料室にも鍵がかかっているが、やはり社会科資料室同様、机や本棚でいっぱいだろう。俺は数学資料室を後にした。
 次は一番東側の図書室だ。ここは騒音とは無縁の場所なので、入らずに次へ進んだ。
 今度は二階に降りて、東から西へ。しかし、
『キーンコーンカーンコーン……』
 五時間目前の予鈴が鳴ってしまったので、仕方なく教室に戻ることにした。
 戻ると、教室の前でジョニーが誰かと話をしている。
「おっす、ジョニー」
「おう、戻ったか。っと、そうだ、紹介するぜ、こいつ『浜崎拓哉』。俺の知ってる先輩がこいつの先輩で、中学ン時から知ってる奴だよ」
 紹介されたそいつは、小柄で、おとなしそうな男だった。
「よろしく」
 声も若干か細い。それにしても、無表情で読みづらい男だ。
「あ、俺『南啓祐』」
「僕のことは『タク』でいいよ。僕も、ジョニーに誘われてバンド部に入ることにしたよ」
「えっ、真面か?てぇことは……早紀も当然入るだろう?後一人か」
 これで四人だから、後一人見付かれば、部活を作れる人数に達する。ところが、
「もう集まってるよ。ほら」
 と、ジョニーがなにやら用紙を見せた。上の方に、新規部活動・同好会申請書と書かれている。ジョニーがもう生徒会でもらってきたのだろう。そして、用紙の中程を見て驚いた。
「何だこりゃ!?」
 五人どころではなく、合計で十二人の名前が書かれていた。早紀の名前も、当然ある。
「へっへっへ」
 ジョニーは得意満面だ。
「お前……凄いな。どうしたんだこれ?」
「名前、よーく見てみろよ」
 ジョニーに言われて用紙を見始めた。まず、ジョニーより先に俺の名前があって、次にジョニー、次に早紀。その後に、『野沢秀明』とある。ずっと知らない名前が続き、最後に『浜崎拓哉』、タクの名前があった。しかし、ジョニーの言わんとしていることは分からなかった。
「……何?」
「分かんねぇ?この前のオッサンたちだよ」
 言われて、もう一度用紙に目をやった。この前のオッサンとは、以前体育館裏にジョニーを呼び出した先輩たちであろう。そう言われれば、あの先輩は『野沢』という名前だった。
「……………………」
「多いにこしたことはないだろ?」
  ジョニーが心当たりがある、と言ったのは、この人たちのことだったのだ。
「大丈夫かぁ、この人たちで……」
「大丈夫だって。あいつらのアイデンティティで、俺は勝ったんだから。言うことは聞かせるよ。それに、あいつらも真面目に部活やらせりゃ、悪さしてる暇もなくなるだろう」
 ジョニーはかんらかんらと高笑いしているが、俺は……幸先不安だ。

 放課後になった。俺とジョニーと早紀、タク、そして野沢さん以下七人は一年一組の教室に集まった。
「……でぇ、残るは活動場所だ。どこかいいところはないか?」
 すっかりジョニーが仕切っている。この分だと、ジョニーが部長だろう。それはそれで、先輩たちの扱いも慣れているから良しとしよう。とりあえず、音楽室が使えないことは伝えた。
「本当は冷房もあった方がいいんだけどな。今は、それは後回しだ」
「あ、冷房と言えばパソコン室にありますよ」
 言ったのは、野沢さんの連れ。名前は……確か『蟹江義則』だったか。オールバックで長身の、実際は結構カッコイイ部類に入る先輩だ。それにしてもそういう業界(?)の常識なのか、後輩であるはずのジョニーに、野沢さんたちは俺たちに敬語だ。ジョニーはともかく、俺やタク、早紀までさん付けや敬語を使うのは何故だろう。
「馬鹿か、あんたは。物がありすぎてスタジオにならねぇよ。さっき啓祐が言っただろう」
 蟹江さんはシュンとなってしまった。
「体育館のステージっていうのは、駄目ですかね」
 今度は野沢さんだ。
「あのな。防音どころか響いてんじゃねぇか。タコ」
 さらりと潰された。
「ねぇ啓祐、ジョニー、とりあえずこういう会議みたいなのが出来る場所を活動場所にして、実際の練習を校外でやるのは?」
 今度は早紀だ。
「その辺は龍ちゃんに聞いてみないと分からないよ。それでもいいんならそれでもいいけど」
「ンまぁ、そいつは最後の手段だな。他ぁ、どこかないかぁ?」
「……裏庭に、そういう施設を作るのはいかかでしょう?」
 一番窓際にいる坊主頭で小太りなポッチャリした先輩が言った。この先輩の名前は『鈴鹿定雄』だったか。
「却下だ、却下。部になってからならともかく、部費もねぇのに、そんなこと出来るか」
 ジョニーは容赦なくあしらった。
 やはり、早紀の言った案が妥当なのだろうか。他に、これといった活動場所は思いつかない。部活で使われていない教室ならたくさんあるが、机や本棚があったり、防音施設がなかったりなど、適所がない。
「これじゃ、早紀の案しかないな」
 ジョニーが溜め息を吐いた。
「……そう言えば、視聴覚室が使えるかどうか、まだ聞いてねぇや」
 ふと思い出した俺に、全員の視線が集中する。
「…………あーあー、分かったよ、聞いてくりゃいいんだろ」
 俺は立ち上がり、職員室に向かった。
 それにしても、俺ほど職員室に行っている一年生はいないのではないだろうか?入学式初日に呼び出されたり、今日も二回目だし、その他にも龍ちゃんの手伝いで呼ばれたり。ほとんどが龍ちゃん絡みだ。お陰で、職員室に何の抵抗も感じなくなってしまったではないか。
「失礼します」
 この台詞も言い飽きた。
 龍ちゃんはいつものようにいつもの場所にいた。
「おい、龍ちゃん」
「教師に向かって『おい』とは何だ」
 龍ちゃんがこちらに向き直った。
「あのさ、視聴覚室って、部活で使える?」
「おぉ、バンドの件か。あの部屋は、バンド出来るような防音設備はないぞ」
 龍ちゃんは、俺が悩んでいることを先刻承知らしい。
「音は漏れない方がいいんだろう、お前たちも」
「出来れば……ね」
 ステージなどで演奏する、言わゆる本番に関しては、聞いてもらわなければ困るが、逆に練習は聞かれたくない。
「そんなこったろうと思って、イイトコ見付けといたぜ」
「え!?ど、どこどこ!?」
 まさか龍ちゃんも探してくれているとは思わなかった。
「ふふん、放送室のスタジオだ。あそこなら、防音施設もあるしそれなりに広い」
「何だよ、それならそうと、帰りのHRで言ってくれりゃいいのに」
「悪いな。あの後に思い付いたんだ、放送室のスタジオなら大丈夫って。恐らく、許可は出ると思うぞ。ちょっと見てみるか?」
「うん!」
 龍ちゃんは放送室の鍵を取ると、俺と一緒に放送室へ行った。
 放送室には何やら色々なスイッチやつまみが並んだ大きい機械があり、そこからマイクが二本伸びている。放送室とスタジオはガラスで仕切られていて、またスタジオには放送室からしか行けない。
「へぇ、いい広さだな」
「だろう?」
 大体八畳くらいだろうか。窓も二重構造になっていて壁も見た感じ防音壁らしい。
「これなら、ドラムも置けるし、他の機材も置けて、窮屈じゃないよ」
「うん。で、お前らその機材はどうするんだ?」
「あ……」
 機材のことを、全く考えていなかった。ギターアンプやベースアンプは、個人の物を持ち寄れば済むが、ドラムやスピーカーやマイクといった機材はない。
「しまったぁ……どうしよう?」
「全く、先走りする奴だな、ちゃんと考えておけよ」
 アンプ以外の機材を揃えようとすると、やすく見積もっても二十万くらいはかかりそうだ。そんな大金、出るはずがない。もし部費を徴収するとして、部員は今十二人いるから、一人約二万円ほどだ。これならばまだ可能だが、俺としては安い機材で揃えるのは避けたい。しかし、無い物ねだりしても仕方がない状態なのだ。それでも、安い機材は……。
「まぁ、その辺も恐らく大丈夫だ」
「へ?」
 俺が悩んでいる傍らで、龍ちゃんが言った。
「俺ん家で使ってた中古なら、まだ物置に残ってると思うから、親父に言って使わせてもらえると思うぜ。親父、お前らのこと気に入ってるから」
「えぇ、マジマジマジマジ!?おい、本当かよ!」
 龍ちゃんの言う中古は、『ウクレレ』スタジオで使っていたやつだ。古いけどそれなりのものだというのは確かだ。
「多分、大丈夫だ。まぁ古いからガタがきてるけど、今年一年持てば、来年からは部費が学校から出るだろうし」
 龍ちゃんパワーは素晴らしい。俺たちの悩みを一気に解決してくれるとは。
「ありがとう、龍ちゃん。恩に着るぜ」
「目一杯着ろ」

 後日、バンド部は『超バンド同好会』という名で承認された。同好会になった理由は、学校側の決まりで、他校との交流する場……つまり正式な大会やコンクールに参加できない団体は『部』と名乗れないからだ。しかしただそれだけで、扱いは部とほとんど変わらないらしい。
 更に、頭に『超』と加えたのは、ジョニーが「バンド同好会では、芸がない」と豪語したからである。そして、俺の予想通り、ジョニーが部長、いや同好会会長になった。
 機材に関しては、関口さんが快く中古を譲ってくれた。アンプも一緒に譲ってくれたので、俺や早紀が自分のアンプを持ってくる必要もない。放送に関する資料などが並んだ本棚はあるが、放送室のスタジオはバンドのスタジオと化けたのである。
 問題は、俺、ジョニー、早紀を除く全員は、全くのド素人であるということだ。俺たち以外のバンドが出来ることは、一体いつのことだろう?


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